
先ずは考え方ありき
8月に入り立て続けに国内と海外工場で事故と怪我、また盗難事件まで起きてしまい、何ともやるせない気持ちでお盆休みを迎えました。 事前に気づいて防げたのでは無いかと、自問自答の日々を過ごしています。 この「日々の気づき」と言うのが、事故防止の第一歩ではないかと考えさせられます。 KYT(危険予知トレーニング)にもあるように、普段の何気ない作業、何気ない場面においても、危機意識を持った目を養わなければなりません。 さて、そんなモヤモヤした気持ちの中、先ずは奈良県の天理教教会本部で参拝し、起きたことへの反省と今後の祈願をして来ました。 また、お盆中は関西地区にいることから、合間を見て比叡山延暦寺へも参拝してきました。
「神頼み」と言われてもしまいますが、自分自身の心を入れ替えるには、神仏を通して、誰かの事を想い、祈ることでしか浄化されないものだと思います。 人それぞれスイッチ(切り替え)の方法はありますが、私自身のスイッチは、やはり神仏に触れることでしょうか。
2年前の大阪への帰省の際は、高野山の真言宗の総本山へ行ってきましたが、今回は天台宗の総本山でもある比叡山です。
延暦寺は、平安時代に最澄によって開かれました。
最澄の有名な教えに、「己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり」
意味としては、自分のことよりも、他者の幸福を願って行動する事。
比叡山全域を修行道場とし、「東塔」「西塔」「横川」と大きく三つの地域で構成されています。
ちょうど山道を歩いていると、何十人かの修行僧がにぎやかに丸太を切っている所に出会い、今でもこれだけの若い僧侶たちが修行に励んでいることに驚かされました。
延暦寺が教える天台宗は、すべての仏教の教えを総合的に学ぶという特性を持っていますが、その修行は他の宗派に比べ群を抜いて厳しい修行と言われています。
千日回峰行(1000日間をかけて比叡山の複雑な山道を練り歩き、他にも9日間の断食、断水、不眠など、厳しい禁欲も含まれる)
十二年籠山行(12年もの間、山にこもって日課・坐禅・勉学・清掃に励み、完全に俗世との関わりを遮断する)
さすがに私は完全な観光客ですが、昔そこで修行を積んだ源信僧都の生涯が描かれたパネルを見ていたら、その信仰心と厳しい修行に心を打たれました。
当社の理念の一つに、「先ずは考え方ありき」とありますが、悟りとまではいかないにしろ、周りの人たちの考えに気づき、理解し、正して行くことで、自分自身の行動が良い方向へ変わっていくことだと思います。
「己を忘れて他を利する心」日々続けていくことはなかなか難しいですが、少しづつでも自分自身が良い方向へ行動が取れるように、
日々精進し続けなければならないということですね。